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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2842号 判決 1984年4月26日

控訴人 須山孔一郎

右訴訟代理人弁護士 小室貴司

伊藤文夫

右訴訟復代理人弁護士 遠山秀典

被控訴人 中曽根忠

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 鈴木孟秋

長谷川拓男

猿山達郎

縄田正己

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人(控訴の趣旨)

1  原判決を取消す。

2  被控訴人中曽根忠(以下、被控訴人中曽根という。)は控訴人に対し、原判決添付別紙物件目録二記載の建物を収去して同目録一記載の土地を明渡し、かつ昭和五三年一一月二日から右明渡済まで一か月一万六〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3  被控訴人あけぼの給食株式会社(以下、被控訴会社という)は控訴人に対し、前項記載の建物から退去して、前項記載の土地を明渡せ。

4  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら(控訴の趣旨に対する答弁)

主文第一項同旨

第二主張

当事者双方の主張は、次に訂正、付加するほかは原判決の事実欄の「(主張)」の項と同一であるから、これを引用する。

(原判決の訂正)

1  原判決二枚目裏六行目の「建築、」を削除する。

2  同五枚目表末行の「のうち原告が土地所有者であること」及び同裏四行目の「が、特約の効力は争う」をいずれも削除する。

(控訴人の当審における新主張)

中曽根薫は昭和三八年頃本件建物の増築工事をする際本件建物の東側を幅約三間にわたって約二五センチメートル越境して増築し、抗議を受けながら未だ越境部分を撤去してないが、右増築は本件土地の賃貸借契約に違反するものである。

(右主張に対する被控訴人らの認否)

右主張事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  本件土地につき、控訴人の父である須山隆吉と被控訴人中曽根の父中曽根薫との間で賃貸借契約が締結されていたこと、右契約は昭和三四年一一月一六日控訴人と薫との間で更新され、その際、期間を昭和五四年一一月一五日まで二〇年間、目的を木造建物所有、特約として増改築又は大修繕をするときは賃貸人の書面による承諾を得ること(以下、本件特約という。)とし、これに違反したときは無催告で賃貸借契約を解除することができるとの合意をしたこと、薫は本件土地上に本件建物を所有していたが、昭和五三年三月九日死亡し、被控訴人中曽根が相続により本件建物の所有権を取得し、本件土地の賃借人の地位を承継したこと、被控訴会社は被控訴人中曽根から本件建物を賃借していること、被控訴人中曽根は本件建物を所有して、被控訴会社は本件建物を占有していずれも本件土地を占有していること、以上の事実は当事者間に争いがない。また、《証拠省略》によると、本件土地は登記上の所有名義人は須山隆司であるが、実際の所有者は控訴人であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  控訴人が被控訴人中曽根に対し昭和五三年一一月二日到達の書面で本件特約違反を理由に本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。そこで、右解除が有効であるかどうかを検討する。一般に、建物所有を目的とする土地賃貸借契約中に、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで借地内の建物を増改築するときは、賃貸人は催告を要しないで、賃貸借契約を解除することができる旨の特約があるにもかかわらず、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで増改築をした場合においても、この増改築が借地人の土地の通常の利用上相当であり、土地賃貸人に著しい影響を及ぼさないため、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、賃貸人が前記特約に基づき解除権を行使することは、信義誠実の原則上許されないものと解されている(最高裁判所昭和四一年四月二一日判決、民集二〇巻四号七二〇頁参照)。ところで、借地法は昭和四一年法律第九三号により改正されて、八条ノ二等の規定が新設され、増改築を制限する特約がある場合は、八条ノ二第二項により、裁判所が借地権者の申立に基づき改築についての賃貸人の承諾に代わる許可を与えることができるようになった。しかし、右改正がなされた後であっても、増改築を制限する特約に違反して賃貸人の承諾を得ずになされた増改築がすべて解除原因となると解すべきではなく、右条項による許可制度の存在を考慮したうえで、なおかつ増改築が借地人の土地の通常の利用上相当であり、土地賃貸人に著しい影響を及ぼさないため、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、解除権を行使することは許されないと解すべきである。以下、控訴人が主張する違反事実の存否及び解除の可否について、違反時期別に、次いで総合的に考察する。

1  (昭和三八年頃の増築) 《証拠省略》によると、本件建物は中曽根薫が昭和一四年伊藤輔から買い受けたもので当時の床面積は約二六・二五坪(八六・七七平方メートル)であったが、昭和二二年頃伊藤松之助所有の倉庫約七坪を譲り受けて解体運搬し、接続して再築するなどして増築され、昭和三四年本件土地の賃貸借契約が更新された当時の本件建物は、床面積が約一三六平方メートル(別紙図面表示の建物中ニ、ヌ、リ、イ、7、1で囲まれた部分がなく、14、チ、15で囲まれた部分が存在した。)、亜鉛メッキ鋼板葺、土間で全面にコンクリートが打ってあり、天井はなく、別紙図面のの1、2間、6、29間及び25、30間に出入口があり、薫経営のスプリングの製造工場として使用されていたこと、昭和三八年一〇月薫は本件建物を株式会社昭和機器製作所(以下、昭和機器という。)に工場として賃貸したが、その際、控訴人に無断で、別紙図面のニ、ヌ、リ、イ、7、1で囲まれた部分を増築し(その大半は既存のブロック塀に屋根をさしかける方法で工事した。)、別紙図面の14、チ、15で囲まれた部分の隅切をして床面積が約一五〇平方メートルになったことが認められ(る。)《証拠判断省略》 なお、《証拠省略》によると、本件建物は登記簿上では当初木造スレート葺、床面積二六・二五坪(八六・七七平方メートル)であったものが、昭和三八年増築により亜鉛メッキ鋼板葺、床面積一五〇・一八平方メートルに変更されたことが認められる。しかし、《証拠省略》によると、本件建物は何度も増改築されたが登記簿上の表示は変更手続がとられず長年放置されていたところ、控被訴人中曽根が昭和五四年現況に合わせて登記簿上の表示を変更する手続をとることにしたが、その際手続の便宜上すべて昭和三八年に増改築したことにして登記手続をしたことが認められるので、登記簿上の前記記載は先の認定に影響を与えるものではない。

以上認定した昭和三八年の増改築は、その規模・内容から考えて本件土地の通常の利用上相当とされる範囲内のものであって、賃貸人たる控訴人に著しい影響を及ぼすと認めるべき証拠はないので、控訴人は右増改築を原因として本件特約に基づき本件土地の賃貸借契約を解除することは許されないというべきである。

控訴人は、中曽根薫が昭和三八年頃本件建物の増築工事をする際本件建物の東側を幅三間にわたって約二五センチメートル越境して増築したと主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない(《証拠省略》中にも、右主張に合致する部分は見出せない。)。

2  (昭和四七年夏頃の改築・大修繕) 控訴人の主張は昭和機器が本件建物に入居中になされた改築・大修繕を指すものと解されるが、後に認定するとおり昭和機器は昭和四六年六月に本件建物を退去しているところ、それまでに控訴人主張の改築・大修繕がなされたことを認めるに足りる証拠はない。ただ、控訴本人は原審において、本件建物の屋根のトタン板がすべて張り替えられたと供述しているが、《証拠省略》からは全面張替の事実は確認できず、右供述は採用できない。かえって、《証拠省略》によると、中曽根薫及び被控訴人中曽根は、本件建物の屋根に雨漏りする箇所ができると、その都度トタン板で補強する工事をしていたが、屋根全部を一斉に張り替えたことはないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上のとおり違反事実の存在が認められない。

3  (昭和五一年三月頃の改築・大修繕) 控訴人の主張は株式会社千代洲が本件建物に入居する際になされた改築・大修繕を指すが、《証拠省略》によると、昭和四六年六月昭和機器が本件建物から退去し、中曽根薫は昭和四九年二月本件建物を株式会社千代洲に工場として賃貸したが、その際控訴人に無断で別紙図面31、28間に出入口を設けてシャッターを取付け、側壁の下見板をすべてトタン板に張り替え、屋根のうち雨漏りする箇所をトタン板で補強し、別紙図面15、ホ、ヘ、19で囲まれた部分を突き出して物置場を設置したことが認められ(る。)《証拠判断省略》

以上認定したところによると、いずれも小規模の改築又は修繕であって、この程度では本件特約に該当せず、その違反を論ずるまでもないというべきである。

4  (昭和五三年一一月頃の改築・大修繕) 《証拠省略》によると、昭和五二年一二月株式会社千代洲は本件建物を退去し、その際別紙図面31、28間の出入口を板で閉鎖し、被控訴人中曽根は昭和五三年一一月本件建物を被控訴会社に仕出弁当の製作場として賃貸したが、その際控訴人に無断で別紙図面31、28間、18、19間及び22、26間に出入口を設け、天井を張り、床面のコンクリートを水平に直して排水溝を付け、21、23、ロ、22で囲まれた部分を取壊し、そこをコンクリート・ブロックの壁にしてプロパンガスボンベの置場を作り、これにより床面積が一四七・八八平方メートルに減り、4、10、11、31の各柱を取り替え、12、13、16、17、18、19、20、28に柱を新設し、15、ホ、ヘ、19で囲まれた部分を取壊して元に戻したことが認められる。また、以上認定した事実と《証拠省略》を総合すると、別紙図面5、23に新しく柱が入り、15、24、27の柱に新しい柱が副えられ、1、2、3、4間及び4、17間に鉄骨梁が入れられており、これらも昭和五三年頃になされたと推認することができ(る。)《証拠判断省略》

以上認定した改築・修繕はかなり大規模なものではあるが、本件建物の老朽化に対する補修と仕出弁当の製作場として必要最小限の設備条件を整えたものと認められるので、いずれも本件土地の通常の利用上相当とされる範囲内のものであると解すべく、賃貸人たる控訴人に著しい影響を及ぼすと認めるべき証拠はない(《証拠省略》によっても、以上認定の増改築・修繕が本件建物の耐久性を格別に強めたと認めることはできない。)ので、控訴人は右改築・修繕を原因として本件特約に基づき本件土地の賃貸借契約を解除することは許されないというべきである。

3  (総合的考察) 以上認定したところの本件建物になされたすべての増改築・修繕並びに別紙図面ニ、ヌ間に新設された鉄柱二本及びニ、1間の出入口(右各存在は《証拠省略》により認められるが、設置の時期は不明である。)を総合的に解除の事由と主張するものであるとしても、なお控訴人が本件特約に基づいて本件土地の賃貸借契約を解除することは許されない。

なお、控訴人は当審において本件建物は本件土地の建ぺい率に違反している旨供述しているが、右供述は措信できず、《証拠省略》によると、本件土地の建ぺい率は一〇分の九であることが認められ、《証拠省略》によると、本件土地は実測一六五・五三平方メートルであることが認められる。そうすれば、既に認定したとおり現在の本件建物は、一四七・八八平方メートルであるから、右建ぺい率の範囲内である。ただ、昭和三八年から昭和五三年までは本件建物は約一五〇平方メートルであったから僅かに右建ぺい率(一六五・五三平方メートルの一〇分の九は一四八・九七七平方メートルである。)を越えているものの、右の程度では、先にした解除の可否の判断に影響を与えるものではない。

三  してみれば、控訴人主張の本件土地の賃貸借契約の解除は認められないので、その余について判断するまでもなく、控訴人の本訴請求は理由がない。よって、本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木重信 裁判官下郡山信夫は転補のため、裁判官大島崇志は、転官のため、いずれも署名捺印することができない。裁判長裁判官 鈴木重信)

<以下省略>

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